8月5日記者会見のご報告
8月5日、司法記者クラブで記者会見が行われ、原告の川崎栄子さんと弁護団・福田から、提訴後の経緯についてご説明を行いました。
まず、弁護団・福田から、北朝鮮帰国事業の概要、訴訟の概要、提訴後の経緯についての説明がありました。
特に、提訴後の経緯について、福田から次のような説明がありました。
2018年8月20日に提訴して以来、これまでに6回の進行協議期日が開催されました。この間、2020年4月に裁判長が交代し、裁判所が設定する争点が増えたことに加え、コロナ禍で裁判所の合議がままならない事態も重なりました。
このような中、ようやく口頭弁論期日が10月14日(木)10時から開催されることがほぼ確定しました*1
また、北朝鮮政府への送達は、公示送達により行われます。北朝鮮政府に対して公示送達が行われるのは、弁護団が把握している限り初めてのことです。*2
続いて、原告の川崎栄子さんから、ご自身の体験談とともに裁判への思いについて、次のようなお話がありました。
川崎さんは、高校3年生のときに、帰国事業により一人で北朝鮮に渡航しました。北朝鮮に着いた途端に、川崎さんも周りの人も、「地上の楽園」という勧誘が、嘘だったことに気づきました。
北朝鮮に渡航して3ヶ月ほどの間で、川崎さんは「この国の政治には賛成することも協力することもできない」という結論を出しました。自殺という道も選択肢の一つとしてあり、本当にたくさん悩んだそうです。しかし、北朝鮮では、自殺者は反逆者とされ、家族は死体に触ることもできず、警察が来て死体を持ち去ったら、どこに捨てられたか埋められたかすらわかりません。家族にその人の存在はなかったことにするよう指示が出され、自殺者を出した家族は、家族全員が連れ去られます。このような状況で、自分の命をドブに捨てるわけにはいかないと思い、自殺を思い留まったそうです。
また、川崎さんは、日本からの渡航者について次のように語りました。
大体の日本人は、北の方の鉱山、林業など、北朝鮮の人が行きたがらない重労働部門の穴埋めとして送り込まれました。一番苦労したのは、日本人妻たちです。北朝鮮渡航前は、3年経ったら里帰りができると約束され、「3年くらいなら我慢できるだろう、お子さんたちを手放したくない」という思いから日本人妻たちも北朝鮮に渡航しました。しかし、里帰りは今に至っても実現しておりません。
日本人妻たちは、植民地支配をしていた日本のスパイとして、収容所に連れていかれ、本当にたくさんの人がその中で死んでいき、もしくはまだその中にいます。今も日本政府には、日本から渡航した帰国者たちに平等に対応してほしいと思っていますが、日本政府は、自国民の救出さえもしていません。
日本政府がこの問題を扱いたがらないのは、帰国事業が、帰国協定という日本と北朝鮮の間に結ばれた協定により進められたものだからかもしれません。しかし、間違えていたことは、間違えていたと1度認めて、その後自国民を救出すればよいと思います。
さらに、川崎さんは脱北と裁判への思いについて、次のように語りました。
帰国船に乗って北朝鮮に渡航した人のうち脱北できた人は、渡航した9万3000人以上のうち、多く見積もっても100人程度だと思います。その人たちが北朝鮮の様子を、外部に、正確に、知らせて、北朝鮮に影響を与えるために努力しなければこの問題は解決しないと思います。
法律によって裁かれて、初めて公の場所で北朝鮮の実情が明らかになります。この裁判も、ようやく10月14日に口頭弁論が行われるところまできました。国際的にも、帰国事業が間違っていたということを法的に発表する裁判となり、日本で開かれることに大きな意義があると感じています。
最後に、記者の方から何点かご質問がありました。抜粋してご紹介いたします。
Q. 北朝鮮政府を被告とする裁判も初で、帰国事業についての裁判も初めてか?
福田:北朝鮮政府を被告とする裁判は、弁護団の知る限り日本では初めてです。帰国事業については、過去に朝鮮総聯を被告として大阪地裁で争われた訴訟があります。その裁判は、除斥期間の問題で敗訴という結果になっています。
Q. 現在、北朝鮮に川崎さんの家族はいるか?
川崎:夫はすでに亡くなりましたが、子どもたち4人とその家族、合計12人がまだ北朝鮮にいます。
一昨年までは1年に1回ずつでも子どもたちが国境で中国の携帯電話を借りてなんとか連絡を取っていました。日本からは手紙を書くこともできますが、全部開封されるため、元気だということくらいしか書けません。航空便、船便を使って品物を送ることもできます。
しかし、コロナ以降、北朝鮮は海路も航路も遮断したため、手紙も品物も送れていません。子どもたちも国境まで移動できないため、電話もできていません。そのため、現在は子ども達の生存状態も確認することもできず、生きているかさえわかりません。
Q. 提訴が2018年になった理由は何か?何かタイミングはあるのか?
川崎:この裁判より先に、大阪で朝鮮総聯を被告として裁判がありましたが、時間的な問題(除斥期間)で棄却されました。それを受けて、北朝鮮政府を相手に裁判をしても実現されそうにないと感じ、ずっと悩んでいました。
しかし、オット・ワームビアさんの事件に対して、アメリカは短時間で解決し、すぐに裁判の結果が出ました。このことを、土井さん(Human Rights Watch日本代表)に話し、日本でもできると思うと伝えたところ、土井さんからできるかもしれないとの返答があり、提訴につながりました。
Q. 裁判において主権免除について日本ではどう判断されるか?
福田:日本では、対外国民事裁判権法という法律が制定され、誰が主権免除を享受するのかということが国内法上規定されています。この法律の立法担当者の説明によれば、未承認国家には主権免除は及ばないとされます。また、今のところ、裁判所から主権免除を問題にすることは言及されていません。
Q. 口頭弁論期日では意見陳述を川崎さんがするのか?証拠の整理はほとんど終わっているのか?
福田:北朝鮮政府が応訴することは想定されていないため、1回で結審をすることが予定されています。第1回の口頭弁論期日では、弁護団から事件の概要と、提出している主張、書証について口頭で説明を行います。また、原告5名の本人尋問のほか、日朝史に詳しい法政大学の高柳先生に専門家証人として証言していただく予定です。
Q. 勝訴した場合の回収見込みはあるか?
福田:海外では、北朝鮮船籍で登録されている船舶を差し押さえるなど、北朝鮮政府に対する債権回収の様々な試みがなされております。北朝鮮の人権問題に関わる国際的な法律家のネットワークを使いながら、海外での責任追及の進行も含めて検討していくことになると考えております。