北朝鮮帰国事業裁判弁護団

北朝鮮帰国事業について、北朝鮮政府の責任を問う裁判の弁護団です。

3月3日 控訴審口頭弁論のご報告

3月3日(金)、東京高等裁判所で、北朝鮮帰国事業裁判の控訴審弁論が行われました。控訴人たちはみな高齢、「命の時間がない」と待ちに待った日でした。「北朝鮮は地上の楽園」と騙されて北朝鮮に渡った脱北者5名が、北朝鮮政府を東京地裁に訴えたという前代未聞のこの事件。

 

「命の時間がない」という控訴人たちの懸念は現実となり、残念ながら、控訴人の1名高政美(コ・ジョンミ)さんは2月、死去されました。そこで、高さんを除く4名の裁判となりました(高さんについては、弁論分離の上で休止)。そして控訴人榊原洋子さんも、体調の悪化により大阪から東京に移動ができず、残念ながら欠席となってしまいました。

 

渡部裁判長、山口裁判官、澤田裁判官の3名の裁判官を前に、控訴人3名、そして、代理人弁護士2名が裁判所で意見を陳述しましたので、その内容を簡単にご報告します。

 

まずは、控訴人川崎栄子さん。裁判官たちに一礼、そして、後ろを向いて傍聴席にも一礼。座ってもよいですよと促す裁判長に「大丈夫です」と応えると、立ったまま話を始めました。

「今日は3月3日です。奇しくも20年前の今日、私は死を覚悟して中朝国境の川を渡りました。つまり脱北をしたということです。私の服のポケットには捕まればその場で飲んで死のうと親指くらいの阿片の原液の黒い塊が入っていました。捕まって虐殺されるよりは自分で死んだ方がよほどマシだったからです…」

「『脱北』と簡単に言いますが私が生きて日本まで辿り着けた裏には何人、いえ、何十人、何百人もの脱北に失敗して犠牲になった人達が居るのです。

 だから生きて日本に辿り着けたものとして出来る事をやり遂げようと今日この場に立っています。

 これがどれくらい凄いことなのか?当事者である私達以外の人達には到底計り知れないことだと思います。…」

 

そして、川崎さんが脱北の際に連れて行こうとした最愛の孫を連れていけず、その後孫が殺されてしまった苦しい過去にふれ、「私の人生って一体何だったのでしょうか?」と絞り出しました。そして、「人間の人生はこの様にちょっとの機会でひっくり返ってしまうのです。」と訴えました。

 

次に、弁護団長の福田健治弁護士が、「本件訴訟の意義および控訴理由書(1)・(2)の概要」を説明しました。

 

冒頭でロシア政府によるウクライナ侵攻とそこでおきた大量虐殺にふれ、この裁判の意義、裁判所の役割についてこう呼びかけました。

 

「…人権を侵害した者は、その責任が問われ、被害者には正義がもたらされなければなりません。北朝鮮政府と朝鮮総連は、北朝鮮が「地上の楽園」であるとの虚偽宣伝を、在日コリアンとその家族に対して大々的に行いました。

現在、高裁の前に立つ4名の控訴人は、いずれも、この虚偽宣伝の結果、北朝鮮に渡り、その後、最低限の自由の保障もなく、食糧の確保にさえ苦しみながら、脱北するまでの約3、40年を、北朝鮮に、文字通り監禁され、過ごすことを余儀なくされました。その長期間の苦しみは、幸運にもこの日本社会で自由を謳歌する私には、想像することすら困難です。

この訴訟は、北朝鮮政府による人権侵害について、北朝鮮政府自体に対してその責任を果たすことを求める、日本で最初の訴訟です。法の下において責任を明らかにし、被害者に救済をもたらす裁判所の基本的な役割が、今問われています

 

さらに、東京地裁の一審判決について、評価できる点を示したうえで、国家誘拐行為の一体性を否定して勧誘行為と留置行為に分解して検討した原判決の誤りを具体的かつ詳細に指摘して除斥期間は経過していないことを説明し、さらに、緊急裁判管轄に基づき国際裁判管轄があることなどをも述べました。

 

次に、控訴人代理人の崔宏基弁護士が、控訴理由書(3)に沿って、少なくとも6836人いたいわゆる「日本人妻」である控訴人齋藤博子さんの特殊事情を説明しました。

 

他の日本人妻と同様、「日本の奥さんたちは3年したら帰ることができる」と何度も約束されたことが、齋藤さんが帰国船に乗ることになってしまった大きな理由のひとつでした。しかし、その約束も全くの嘘でした。北朝鮮政府は、日本への帰国を許そうと思えばいつでもできたのに、です。

 

崔宏基弁護士はこう訴えました。

私がここで、裁判官に想起していただきたいのは、拉致被害者のことです。拉致の被害者は、全員、強制的に連行されたわけではありません。中には、「貿易の仕事ができるよ」と勧誘され、強制連行という形ではなく、騙されて、自分の意思で、まさか永久に留め置かれるとは知らずに、渡っていた人たちもいたのです。

強制連行された拉致被害者については、被告が初めて被害者に接触した時点から留置を続ける現在まで、一連一体であることは、明らかです。では、一般人の規範意識において、騙されて渡っていた拉致被害者については、どうでしょうか。騙されて行ったのだから拉致ではないのだと、強制連行された方々とは規範的に区別されるものだとは、誰も言わないと思います。

 騙されて渡っていた拉致被害者と齋藤さんと、何の違いがあるのですか。彼女らを拉致被害者と呼べるのならば、私は、齋藤さんも、拉致被害者の一人だと、ともに被告による不法行為であり、拉致から留置まで一連一体なのだと、ここに訴えたいと思います。

最後に崔宏基弁護士は在日韓国人である自らの運命を振り返りつつ、「母が私を連れて、帰国しようとしたことがあった」という自分の過去にふれ、「先ほど川崎さんが言ったとおり、『人間の人生はこの様にちょっとの機会でひっくり返ってしまう』」として、「この誘拐行為は、日本人であれ在日コリアンであれ、日本に住むすべての人々が被害にあったかもしれない壮大なもの」だったと、こう締めくくりました。

 

最後に、齋藤さん以外の在日コリアンの原告について、一言述べます。

 

 石川学さん、お母さんが、日本人です。公表されています。

 実は、私も、祖母の一人が、日本人です。

 石川さんと同じく、日本人の母から生まれた私の父は、在日韓国人として育てられ、プラスチックを製造する町工場を起こして、朝から晩まで働いておりました。

 

 私が小さい時、母が私を連れて、帰国しようとしたことがありました。

 母は、被告を、地上の楽園と信じており、被告が日本に派遣した船に乗せてもらって紅茶を出してもらった時に、『これが祖国から来た紅茶なのか』と、感動したそうです。

 しかし、幸いにも、日本に残ることができ、この自由な社会で、勉強させていただいて、多くの裁判官を輩出している大学で、ともに、勉強させていただいたのです。

 

 私の妻は日本人です。

もし、当時、自分が差別の渦の中にいて、仕事がなく、明日も希望も感じられないとしたら、どうしただろうと考えます。

 『地上の楽園では、差別がない。学業もできる。仕事も与えられる』

と聞いて、日本人の妻と子どもたちを連れて、渡っていったかもしれません。

 

 この誘拐行為は、日本人であれ在日コリアンであれ、日本に住むすべての人々が被害にあったかもしれない壮大なものでした。

 

 裁判官の皆様、この今の瞬間も、『地上の楽園』では、数万人の被害者とその子孫が、飢えに苦しみながら、ただただ、奴隷のように、『楽園』の主人を讃美させられる日々を送っています。

  在日コリアンと日本人によって構成されるこの原告団は、その地獄から奇跡的に脱出したサバイバーです。

原告団は、今も地獄に閉じ込められている数万人の被害者のか細い声を、私たちに届けているのです。

 そこには、日本人だとか、在日コリアンだとかの区別はありません。

 ただただ、人間が自由を奪われ、尊厳を傷つけられている姿があるのです。

 裁判官と傍聴席のみなさん、もし、自分がその立場だったらどうしただろう、もし自分の娘が、姉妹がその立場だったらどうなったのだろうと考えながら、原告団の声に耳を傾けてあげてください。

 

崔宏基弁護士の次には、控訴人齋藤博子さん自身が、裁判官に一礼、傍聴席に一礼して、法廷に立ちました。そして、日本人妻は3年したら里帰りできると何度も言われたこと、子どもと別れることはできないと新潟港までは行ったものの、同じく日本人妻だった義姉と一緒に個別に行われると聞いていた帰国意思確認の際に帰国を拒否して日本に残ろうと決めていたのにもかかわらず、個別確認ではなく家族全体での確認しか行われなかったために、北朝鮮帰国船に乗る以外の選択肢がなくなってしまったこと、里帰りできなかったつらさ、そして、北朝鮮での苦しい経験などについて語りました。

 

そして、最後に話をしたのは、控訴人石川学さん。しかし、2月に急性骨髄性白血病で倒れて今も病院のICUに入ったままの石川学さんは、それでも絶対に裁判官に思いを伝えたいと、録画ビデオの放映という形で、意見を陳述しました。

 

病室から一番語りたかったのは、お姉さんの無念でした。北朝鮮を楽園と信じ切って、大学に行けると信じて北朝鮮に渡り、その夢が180度打ち砕かれた結果、精神が引き裂かれ、精神分裂病と診断されて間もなくなくなったお姉さんの無念です。お姉さんを含め北朝鮮で命を落とした犠牲者たちのために、自分はこれからも法律の力で闘い続ける、と病室から語りました。

 

最後、裁判官は弁論を終結し、判決期日を5月31日(水)午前11時と指定しました。

「法の下において責任を明らかにし、被害者に救済をもたらす裁判所の基本的な役割」

福田弁護士が指摘したこの裁判所の役割を、3裁判官たちが果たしてくれることを願っています。

 

多くの皆様が、判決の傍聴にもお越しくださることを期待しています。