北朝鮮帰国事業裁判弁護団

北朝鮮帰国事業について、北朝鮮政府の責任を問う裁判の弁護団です。

裁判傍聴記その2 弁護団意見陳述(林弁護士)編

2021年10月14日(木)10:00~16:30 東京地方裁判所103号法廷にて行われた第1回口頭弁論期日の内容について、連載でお届けしています。

今回は、前回の福田弁護士の意見陳述に続いて行われた林純子弁護士の意見陳述の概要です。

不法行為の一体性とは

本件では北朝鮮政府の不法行為責任を追及していますが、不法行為は、行為から20年が経過すると、その法的責任を問うことができなくなってしまいます。原告らが北朝鮮に帰国したのは、最も帰国時期が遅い石川さんの場合でも1972年ですので、帰国時の虚偽宣伝行為のみを不法行為と捉えた場合、本件を提訴した2018年には既に20年以上経過していることになります。

しかし、本件では、帰国時の虚偽宣伝行為のみを不法行為とみるべきではありません。「虚偽宣伝を行って北朝鮮の状況を誤信させた上で帰国させ、帰国後は北朝鮮国内において移動の自由等を否定し、北朝鮮からの出国も許さず、同国内に留め置く」という形で、虚偽宣伝から出国妨害にいたる「国家誘拐行為」という不法行為が継続的・一体的に行われ、損害も継続的に発生した場合にあたると評価すべきです。

本訴訟では、この「継続的不法行為の一体性」を認めるかどうかが主要な争点の1つになっています。

林弁護士はこの点について、「なぜ一体と評価すべきであるのか」を詳細に説明しました。

継続的不法行為の一体性についての考え方

 

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不法行為の一体性の考慮要素

これは弁護団が説明の際に裁判官に示した図です。

この図にあるとおり、不法行為の一体性は、「行為」及び「損害」の一体性から判断されます。そして、「行為」の一体性は、主観的一体性と客観的一体性から判断され、「社会通念上一連一体の継続的な不法行為の実態」がある場合に認められます。

主観的一体性の有無を判断するための考慮要素となるのが「目的」や「計画」であり、客観的一体性の有無を判断するための考慮要素となるのが「行為主体」「時間的隔たり」「行為態様」です。

弁護団は、行為の一体性について、本件行為は「社会通念上一連一体の継続的な不法行為の実態」があることを説明しました。また、損害の一体性として、本件損害は「各時点ごとに切り離して評価することが困難で、一個の損害にあたるものと評価すべき場合」、特に「不法行為終了時において人生損害を全体として一体的に評価しなければ損害額の適正な算定ができない」場合にあたることを説明しました。これらが満たされる結果、国家誘拐行為は継続的不法行為として一体のものであると評価すべきことになります。

行為の一体性①:主観的一体性(目的)の検討

まず、弁護団は「主観的一体性」の考慮要素である「目的」に着目し、目的から考えると、北朝鮮政府は帰国者を北朝鮮国外に再度出国させないことを当初から前提としていたことを説明しました。

国家誘拐行為には大きく分けて、「政治的目的」と「経済的目的」があり、そのいずれの側面から見ても、当初から出国妨害行為は予定されていたと言えます。

政治的目的

政治的目的は、北朝鮮の社会主義体制の優越性を誇示することでした。

帰国事業が行われたのは東西冷戦の時期と重なっています。そして、日本の在日コリアンのほとんどは、朝鮮半島南部出身者、あるいはその子孫にあたります。南部出身者が故郷のある韓国ではなく、あえて体制の異なる北朝鮮へ渡る選択をしたということになれば、それは韓国をはじめとする西側陣営に対して、北朝鮮の社会主義体制の優越性を宣伝する効果を持つことになります。それは北朝鮮において大きな「政治的勝利」であると考えられていました。

しかし、いったん帰国した人々が次々に出国して行くようなことになれば、北朝鮮の社会主義体制の優越性を宣伝するどころか、全くの逆効果となります。したがって、政治的目的の見地からは、被告が、当初から帰国者を北朝鮮国内に留め置くことまでを想定していたことが明らかであると評価できます。

経済的目的

経済的目的は、労働力の補充です。

帰国事業の始まった1958年頃、北朝鮮では「第1次5か年計画」が推進されていましたが、労働者や技術者が不足していました。そこを、日本からの帰国者で穴埋めしようとしていたと考えられています。

ここでも、帰国者の多くが北朝鮮を離れることとなれば労働力の補充ができないことになるため、被告が帰国者を北朝鮮国内に留め置くことまでを当初から想定していたことは明らかです。

行為の一体性②:主観的一体性(計画)の検討

次に、弁護団は「主観的一体性」のもう1つ考慮要素である「計画」の側面に言及しました。帰国者を出国させないことが当初から計画されており、かつ、実際にも出国を許さない場合には、「継続的不法行為が不可分かつ連続して実施されることが当初より想定され、かつ、実際にそのように実施されたもの」であるとして主観的一体性が認められることになります。

帰国者を出国させないことが当初から計画されていたことを裏付ける事実として、被告の宣伝内容が、帰国すれば直ちに虚偽だと判明するようなものであったことが挙げられます。

北朝鮮政府は朝鮮総連を通じて、北朝鮮は「地上の楽園」であると宣伝していましたが、実際はまったく異なるものでした。たとえば、北朝鮮では「自分が住みたいところに暮らし、技能に応じてしたい仕事ができる」、「住宅は、都市では高層文化アパート、農村では文化住宅」と宣伝されていました。しかし実際には、帰国者の居住地や職場の配置は、朝鮮労働党中央の方針に沿って決定されており、当初から帰国者の希望が通る仕組みではありませんでした。また、住宅は、古い瓦屋根に土壁の家や、今にも潰れそうなバラック建ての宿舎、他人の家の片隅の6畳間のみというような状態でした。アパートも、お手洗いの場所はあっても便器がなく、水道も通っていないようなものでした。また、食糧などの消費物資についても、十分にあると宣伝されていましたが、実際は、配給だけでは到底生活できないような水準でした。

このような、北朝鮮に実際に足を踏み入れればすぐに虚偽と判明する内容を宣伝していたということは、北朝鮮政府は、虚偽が発覚しても構わないと思っていた―なぜなら、帰国者を再度北朝鮮から出国させるつもりはそもそもなかったからだ―ということに他なりません。

そのほかにも、

  • 帰国者が錯誤に陥っていることを被告が認識していたこと
  • 帰国者の大半が非常に困窮したこと
  • 日本からの帰国者は下層成分とされたこと
  • 日本人妻の一時帰国も1997年まで許されなかったこと
  • 一般の在日コリアンの北朝鮮往来が可能になった後も、帰国者の往来は認められていないこと

からも、北朝鮮政府が、明らかに、当初より帰国者らを出国させないことを想定していたことがわかります。

そして、実際にも帰国者は出国が許されませんでした。

原告らのように命がけで脱北した者がいることが、北朝鮮から自由に出国できないことをまさに示しています。また、一般の在日コリアンの北朝鮮往来が可能になった後も、帰国者の往来は認められていません。

このように、当初の計画及びその後の実施状況の両面から、国家誘拐行為は、「不可分かつ連続して実施されることが当初より想定されており、かつ、実際にそのように実施された」といえます。

行為の一体性③:客観的一体性の検討

客観的一体性については、行為主体、時期的隔たり、行為態様に着目して説明がなされました。

「行為主体」という点から見ると、北朝鮮政府は日本政府との間に国交がないため、自ら活動することはできませんでしたが、朝鮮総連を被告の手足として使って、虚偽宣伝を行いました。朝鮮総連が被告の手足であることは、朝鮮総連の性質と被告との関係から明らかです。

「時期的隔たり」については、虚偽宣伝を受けて北朝鮮へ渡航した帰国者たちについて、渡航直後から継続して出国を許さなかったものであり、時期的隔たりが生じたことは一度もありません。

「行為態様」という観点からは、虚偽宣伝と出国妨害とでは態様が異質にも思えますが、行為態様以外の点から客観的一体性は優に認められるため、この点は問題となりません。

損害の一体性の検討

ここまで見てきたとおり、主観的一体性及び客観的一体性が認められるため、行為の一体性は認められることとなります。

続いて、損害の一体性ですが、国家誘拐行為により侵害されたのは、原告らの「居住する国家・体制を選択し、これを実現する権利」です。この権利は、日本国憲法13条が保障する自己決定権、及び同22条が保障する居住移転の自由・海外渡航の自由に由来します。この権利が侵害された結果、原告らは、基本的人権の保障を受けることができる場所で生きることが不可能になりました。

この損害は、虚偽宣伝の時点から原告が脱北するまで数十年にわたって継続的・累積的に発生し、原告本人尋問で立証されるように、原告らの人生そのものを奪いました。この損害は、各時点ごとに切り離して評価しうる性質のものではなく、不法行為終了時において、人生損害を全体として一体的に評価しなければ損害額の適正な算定は不可能です。したがって、「損害の一体性」が認められる場合であることは明らかです。

まとめ

以上より、冒頭で述べたとおり、行為の一体性(社会通念上一連一体の継続的な不法行為の実体があること)及び損害の一体性(各時点ごとに切り離して評価することが困難で、人生損害を全体として一体的に評価しなければ損害額の適正な算定ができないこと)が認められる結果、国家誘拐行為は継続的不法行為として一体のものであると評価すべきことになります。(国家誘拐行為の一体性についての詳細は、原告第5準備書面をご覧ください。)

傍聴席からの感想

林弁護士の意見陳述、裁判官に資料を示しながら行われましたが、非常に明快でわかりやすく、北朝鮮による国家誘拐行為が一体性を有することが説得的に説明されていたと思います。

クラウドファンディングのお願い 

裁判所で弁論期日が行われることを受けて、10月14日から12月10日午後11時まで、READYFORで北朝鮮帰国事業裁判のためのクラウドファンディングが行われています。

裁判で勝訴をつかみ、それをバネに北朝鮮に残る帰国事業の被害者及び子孫の救済を日本政府・国際社会に訴えていくには、多くの費用がかかります。

ぜひ一人でも多くの皆さまに、クラウドファンディングにご支援をいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

皆様からのご支援は、北朝鮮帰国事業訴訟費用、帰国事業の実態の周知、北朝鮮に残る被害者及び子孫の救済に向けたアドボカシー・広報活動等に当てられます(READYFOR特設ページより一部引用)。

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